0010_20_09_27 鈴木紅璃 Suzuki Akari

0010 鈴木紅璃

人を射すくめるような鋭い眼光を放ち、触れると火傷をしてしまいそうな、怖いもの知らずで無鉄砲な危なっかしい少女。それでいて、ちょっと叩いただけでパリンと割れてしまいそうな薄いガラス細工のように繊細で張り詰めた心を持つ。黒革のロングコートに身を包み、完全武装でこの不穏な世界に挑む、これからの活躍が楽しみな若き芸術家。

伊島薫

それしか生きるすべがなかった

伊島 アーティストになるっていうのは、いつ頃から思い始めたの?

紅璃 そうですね…。それしか生きるすべがないっていう感じで。小さい頃から「おかしいな」っていう違和感を持ち続けていて、小学校中学年の時はその発散の仕方が分からないし、誰かが助けてくれるわけでもないし、逃げ場がなくてけっこう荒れてた。荒れてたといっても、塀よじ登って学校抜け出して家帰るとか、そんな感じですけど(笑)。中学校になったら校則が厳しくて、髪色を黒くするとかそういう変な規則に締め付けられて、反動で学校が嫌いになっちゃって。不登校にはなからなかったんですけど、中一で勉強を一切やらなくなって。それで堕落して今に至るんですけど(笑)。そんな中、唯一の生命維持をする手段みたいなものが「発信すること」、「表現すること」なんじゃないかと。先に活躍している人たちを見て、自分もそういう風になれたら生きて行けるだろうなと思って、絵とかは昔から得意だったので、なんとなくそっち方面に行くんだろうなと思ってはいたんですけど、後から経験したいろんなことから、それしかないなって。これから作品も作って行くんですけど。

伊島 じゃあ中学くらいからそういうことに目覚めたわけだね。

紅璃 そうですね。中一くらいまではボーっとしていたんですけど、中三くらいには開眼した感じ(笑)。なんとなく理不尽なこととか辛いこととか、自分は周りより多くを経験しているなって思っていたけど、中学校の時は発散する手段とかについてはあんまり深く考えてなかったから。「アート」を職業にして行くこととか、お金を稼ぎたいとかは…

*Twitterから

伊島 でも「お金稼がないヤツに学費払うか」って親に言われたってTwitterに書いていましたね(笑)

紅璃 そうなんですよ(笑)。多分もうちょっと話したら理解してくれると思うんですけど、親としては「お金は稼いで生きて行ってもらわないと困る」みたいな。わたしは自殺しようとしているわけじゃないけど、生きようとしていないのがダメみたいで、極論を言ってしまうといつ死んでもいいかなくらいの感じなんですよ。死んじゃうなら死んじゃうで仕方ないのかな、みたいな。それを覚悟した上で、自分はお金を稼ぐこと以外で生きるって行為をできたらなって。親からしたら「ちゃんと生きて行ってほしい」ってことなんですけどね(笑)

伊島 この人どうやって食ってるんだろうって人はいっぱいいるからね。でもみんな生きてる(笑)。

紅璃 家と食事があればなんとか生きて行けるんだろうし。小学生の頃とかはお金稼ぎたいと思っていたけど、芸術がやりたいと思ってからそれがなくなりましたね。お金稼ぐためにやったらそれって芸術じゃないじゃないですか。

伊島 まあ、あんまりそういうことを言われるのは好きじゃないと思うんだけど、16歳くらいでここまで意識持ってる子がいるんだって、驚いたんですよ。絵も上手いし、英語もできるんでしょ?

紅璃 勉強は一切してないんですけど、うちのママが語学関係の仕事をやっていたので、語学能力だけはあるのかな(笑)

伊島 語学だけじゃなくて、SNSで書いている文章とか話してる感じを見ていても、頭もいいんだろうなって。

紅璃 そうであることを願います(笑)。数学は20点だったんですけど(笑)。どっちも勉強しないで数学20点で英語は98点みたいな感じでした。

伊島 まだこれまで作品を作ったり発表したりているわけじゃないんだけど、なんか「この人将来すごい人になるんじゃないかな」って感じました(笑)。

紅璃 今までは高校生だから抑え込んでいたみたいなところはあるんですけど。「高校生だから美術館借りたりはできない」みたいな。でもこれからはそういうこと考えずに、小さいところとかで展示してもらったりして行こうかなって思っています。

伊島 どんどんやってください。すごく楽しみです。実際にこういう作品やりたいとか、こういうことしたいとかいうビジョンはあるの?

紅璃 ふと思いついて、どうしてもやりたくなっちゃう瞬間があるんですよね。今は坊主にしたいとか。ぼんやりとではあるんだけれど、全身を真っ白にして、白い壁の前に立ってプロジェクターでなんか映したいなって。坊主の人が女子高生の制服を着ているってだけで構造的に面白いなって。既存のくだらないものを見た人たちに違和感を与えるような、そういうものをやりたいなって。映像作品とか、パフォーマンス形式のものをやりたいです。あと、髪の毛で筆作って絵を描くとかもやりたいなと。

伊島 どちらかというとパフォーマンス的な方向なのかな?

紅璃 そうなって行くんじゃないかな。現代美術的な。

伊島 まあ、アートって別にジャンルは関係ないからね。ボクの小さい頃は「芸術家」イコール「絵描き」だったんだけど。

紅璃 わたしもそうだったので、油絵を書いていて。3枚しか書いてないんですけど、1枚に2、3ヶ月かけていました。でも自分が油絵描いていても、自分が伝えたいことが伝わるのかなって。それこそ今芸大とか美大の人たちって油絵以外のことやっている人多いじゃないですか。でも油絵画家になっている人ってあんまいない。だから「絵」っていう媒体は一旦置いといている。すごく悩ましいですよね。絵とかって、自分で美術館に足を運んで、自分で見て観察して、自分から探求してメッセージを受け取るものじゃないですか。でも今のSNSが発達した世の中で、同世代を見ていても、それをできる人がいないんですよ。だからもっとわかりやすく、本当に表面化して伝えないと伝わらないなって。でも、理解できない人のために芸術を簡略化するのには罪悪感があるので、そこは今悩んでいます。

伊島 そこは悩むところだよね、確かに。

じつは女子高生なんですわたし(笑)

紅璃 わたしは「16歳なのに色々考えていてすごいね」っていわれるんですけど、わたし自身は普通だと思っているし、考えられないほうが不思議。同世代の人たちを見ていてもホントになにも考えてないし、目先の楽しいことを毎日ずっとやっている感じ。高校生になったら考えも完成しているはずなのに、このまま大人になって社会を築いて行く人間なんだなと思ったらホントに怖い。わたしなんかぜんぜんすごくないけど、日常的にこのくらいは考える人間が増えてくれないと、世界が終わっちゃうなって。せめてそういう人間を増産して行きたいという気持ちもあります。

伊島 となると、そういう人たちに最初からわかりやすく伝えるのか、それともそういう人たちを変えていくのか、っていうそのジレンマが、稼げるかどうかってところにもワリとリンクしてくるかもね。

紅璃 そうなんですよね。わかりやすく伝えるっていうのは、確かに自分の言っていることは理解してくれるんですけど、それによって相手の思考力はどんどんなくなっちゃうんですね。だから芸術家は責任重大というか、怖いですよね。そういう難しいことから解放されたいがために、最近ダダイズムに感化されて、ダダでいいんじゃない?っていう気持ちも出てきて。時代が変化しているので多分最先端の芸術家さんたちも同じことで悩んでいると思うんですけど。

*Twitterから

伊島 海外に行こうとは思わないの?

紅璃 小学生の頃は、海外に逃げたいと思っていて。もう日本が無理だから逃げようと。でも最近は、なんとしてでもここに留まって「わたしは逃げない」「ここを変えたい」って思うようになった。海外には、自分の作家としての力が伸びて行って、その結果海外に行くのはいいんですけど、逃げるのは違うかなと。日本の文化を否定したら非国民とか言われるんですけど、むしろ愛国心があるからこそなんですよね。本当に嫌いで諦めていたらさっさと出て行くし…

伊島 藝大を受験するんだよね。

紅璃 そうなんですけど…藝大の先端芸術って難しいんですよ。ポートフォリオとか出さないといけないので、ある程度活動しないと。だから今の高校やめて通信制に行って、ちゃんと活動しようかなって。あそこの科だけはほぼ現役で、他の科だとデッサン力じゃないですか。でも先端芸術はポートフォリオだから。

伊島 じゃあ「坊主で女子高生の制服」っていうのをやってね(笑)

紅璃 そうです。じつは女子高生なんですわたし(笑)。ちゃんと制服着ているんですよ毎日。いつもはズボンなんですけど、坊主にしたら敢えてスカートを履きたい。いつもは選んでズボンを履いているんですけど、サラリーマンみたいにズボンでネクタイ締めて。ジェンダー的な問題にも疑問に思うことがあるし。わたしはLGBTQではないですけど、女性であることによって受ける理不尽なものもあるし、そういうところにも抵抗して行きたいなって。

伊島 Twitterで「おっぱいなんか取っちまいたい」みたいなこと言ってなかった?(笑)

紅璃 よく覚えていますね、けっこう昔ですよ!

伊島 どういう意味で言っているのかなって思ったんです。男になりたかったっていうことなのか、女が面倒くさいってことなのか。

紅璃 面倒くさいって方ですね。そんなこと言っていたなー。過激なこと言っていますよね、わたし(笑)。

伊島 過激なこと言っていますよ、けっこう(笑)。

紅璃 言っている時は気がつかないんですけどね。友達にも「あかりちゃんなに言っているのかわかんない〜」って言われます(笑)。

伊島 クラスメイトもけっこう見ているんだね(笑)。

紅璃 そうですね、インスタとかでもわけわからないこと言っているしわたし。

「わたしは狂った、感じの悪い天才」

伊島 最近も言っていたよね、「わたしは狂った、感じの悪い天才」みたいなこと…

紅璃 「感じの悪い天才」は、学校の人とツイッターで喧嘩して。わたしが「ボカロが嫌い」って言ったんです。どうせ来年から通信に切り替えるし、もういいかと思って自由気ままに発言したら、予想通り嫌われて(笑)「あかりちゃんってクラスで一番デッサンが上手いけど超感じ悪いよね」って言われるようになりました。(笑)そんな上手くないけど評価がいつも1位2位なんです。それでああいうこと言っちゃうから人間関係大崩壊。でもそれでもいいのかなって気持ちが出て来ている。

伊島 普段はデビッド・ボウイとか、そうかと思ったらクラシックとか聴いてるみたいだけど、そういうのって、どこで見つけるの?世代がだいぶ違うよね?

紅璃 親の影響かな?でもボウイはどこかのタイミングで見つけ出したのかな。でも大体は親から。ラジカセで流してたんですよね、クラシックとかそういうのを。

伊島 相当なボウイ好きだよね(笑)。

紅璃 好きですね〜。人生の目標であり、心の恋人であり。ボウイは全世代好きですね、若い時から最近まで。あの堂々とした感じが好き。当時17歳で長髪の男性への暴力反対みたいなのをやっていて、だから長髪にしていてBBCとかも出ていたんですよね。他の人たちも出ていたけどボウイが一番目立っていましたね。ダントツで知的だし。

伊島 なにしろあなたに関しての情報はツイッターかインスタぐらいしかないから、まだ見えていないこれから先を想像するしかないんだけど。想像するだけですごく楽しくなるね(笑)

紅璃 見応えのある子だねってよく言われます(笑)でも、ずっと今の勢いのままでいたいですね。若い時すごく派手なことやっていたのにだんだん大人しくなっていく人いるじゃないですか。そうはなりたくない。

伊島 だんだん派手になっていく人もいるけどね(笑)

紅璃 そうですね(笑)イギーポップは大人しくならないですね。

伊島 最近あんまり見ないけどね…

紅璃 パンイチで歌ったりしていると思います。でもボウイも、子供が生まれたときに今まで「世界はくだらない場所だって思っていたけど、案外そうでもないかも」とか言い出して、大人しくなっているなって(笑)。いい歳の取り方をしたいですね。

伊島 できれば失速しないで加速していってほしいものです。

紅璃 そうですね。今は若いからあたり前に社会問題に声を上げることができるけど、歳をとっても、その時の社会問題に声を上げられているおばあちゃんになりたいですね。その頃にはきっと多様性は実現しているだろうから、その時になってもまだ多様性を叫んでいるような人ではなくて、ちゃんと次の舞台に行ける人間になりたいです(笑)。

伊島 いいねぇ。ところでこれ、ミックスマガジンって言って、ホントは一番はじめにその人のルーツっていうのを聞いているんだけど、そういうのも聞いていい?(笑)

紅璃 はい。

伊島 国籍は?

紅璃 日本です。

伊島 両親は?

紅璃 母は日本人。父は、イギリス、フランス系のアメリカ人です。

伊島 でも国籍は日本なんだ。

紅璃 父の両親が離婚しているんですよ、父が赤ちゃんの時に。だから父は子供のころは二重国籍で、日本人の母に引き取られて日本に来たので日本国籍です。そのお父さんはどこにいるかわからないですけど、生きていたら90歳近いのかな。そこでアメリカとの繋がりは絶たれています。血だけが残って。

伊島 生年月日は?

紅璃 2004年4月6日。

伊島 あとは普段使用している言語とか、使える言語とか教えてください。

紅璃 日本語。英語はそんなに喋れるってわけじゃない。

伊島 別にお父さんが英語と日本語両方使っていたってわけじゃないのね?

紅璃 まったく喋れないです(笑)

伊島 それも珍しいね(笑)

紅璃 父は本当に日本人で、刀剣マニアだし(笑)。でも見た目は奥二重の白人で髪もわたしより明るいかな。父の方がいじめはひどかったみたい。近所のお母さんにいじめられたりとか。

伊島 お父さんおいくつ?

紅璃 46かな?

伊島 戦後のハーフっていうのは大体アメリカ兵と日本人が結婚してできた子供のことで、敵国の人だとかってあったけど、今はもうね…

自分のこの活動がいらない世の中になってほしい

紅璃 今の場合は敵国でもないし、珍しくもないし、クラスに1人はいるくらいだし。本当に自分と違うものを受け入れられないっていう本能的なものからそういうことをしているっていうのが怖いですよね。深層心理っていうのは変えようがないし。もちろん日本の閉鎖的な社会の中で異質なものを排除する文化はあるのかもしれないけど、なんとなくいじめてる人は怖い。無意識は変えられないから。大坂なおみさんが、「日本人か黒人かどっちか決めろ」って言われていて、「日本人で黒人なんですけど」って(笑)。わたしの世代なんかそういう新しい価値観に触れて育ってるから柔軟なのかな、と思いきやぜんぜんそんなことなくって、日本人らしさみたいな言動の端々に出ているものって、刷り込まれちゃっているんですよね。その刷り込みは親だったりメディアだったりSNSとかだから、その原因を潰していかないと難しいですよね。

伊島 ねえ。あと何世代くらい続くとそれが当たり前になるのかね。

紅璃 ホントに。だから芸術家が代謝をよくして行かないと。島国だけど日本の中だけで生きて行ける世界じゃなくなっていくし、多様性という言葉だけで片付けてしまうのはよくないと思います。性とか人種の多様性とかそういう議論が当たり前に交わされるようになってきてはいるけれど、その議論がただの流行りみたいになっちゃうのは困る。

伊島 なにかのきっかけでガーンて動くこともあるけどね。

紅璃 日本の場合ホントに難しいですよね。アメリカの黒人差別とはぜんぜん構造が違うし、「Black lives matter」も日本にそのまま当て嵌められない。あの活動が激しくなった時に日本の警視庁の前でデモを起こしている人たちがいたのが一番意味わからないなって思っていて。警視庁に行ってどうするんだっていう(笑)。難しいですよね、本当に。やっぱり日本にも保守派の人っていて、自分にとっては今が生きやすいわけだから変えたくないのはわかるけど、でも生きていけない人もいる。わたしも発信する力がなかったりポワンとしていたら、死を選んでいたかもしれないし。そういう人が増えてほしくはない。

伊島 まだ出来上がっていないけど、このミックスマガジンも、今だからこういうものがあった方がいいんじゃないかなって思っているわけなんだけど、いずれこういうものが、「あの当時こんなものがあったんだね。今は必要ないよね。」っていう世の中にホントはなってほしいんですよ。

紅璃 わたしもホントに自分のこの活動がいらない世の中になってほしい。「芸術家がヒマな世の中を作ってよ」って寝言で叫んだこともあります(笑)。結局、わたしは生まれ的に少数派であって、だからこそできる表現があると思うんです。普通に日本人だったらボーっと生きられたところをそれが許されず、活動したいからするんだけど、したくない人もいるだろうし。

伊島 まあヒマじゃなくてよかったって思えばいいんじゃないの?(笑)

紅璃 そうなんですよ。わたしの場合はヒマなのが嫌だからいいんですけど、もっと有益な議論をしたいですよね。いろんな人種とか性的趣向とか性自認とか。それを考えられる人もいるけど、考えられない人も多いから、訴えていかないといけないわけで、こっちはもっと深い話をしたいのに、世の中がついて来られないというか。もっと本質的なことをしたいけど、今のところそれが出来る世の中じゃないから土台作りからしていかないといけないのがもどかしいですね。

伊島 今度学園祭かなんかでインスタレーションやるんでしょ?

紅璃 やります。

伊島 それはある種のあなたの作品なの?それともクラスの?

紅璃 クラス作品とは言いつつ原案は完全私で、指示も私がやっています。形として、文化祭だから「クラス作品です」ってことにしないといけないけど、実際ただの職人なので、クラスメイトは。作らせます(笑)

伊島 すごいじゃない!それはもうあなたの作品だね。

紅璃 そうですね、投票で選ばれて。

伊島 みんな結局あなたのことを認めている訳だよね。

紅璃 そうですね、嫌われるまでは(笑)嫌われていなかったんですよ、その投票までは(笑)投票までは嫌われないようにしていたんですが、もうイイかなって(笑)

伊島 はっはっはっはっ(笑)

紅璃 来年はもういないし(笑)

伊島 文化祭はいつなの?

紅璃  12月です。

伊島 このインタビューの後に写真を撮らせてもらうけど、その人の写真と、その人の作っているものとかも紹介していきたいなと思っているんだよね。

紅璃 じゃあぜひ、インスタレーションも。インスタレーション、本当は無観客なんですよ。無観客のインスタレーションってなんなのって(笑)

伊島 あ、無観客の学園祭なんだ。

紅璃 そうなんです。でも先生に聞いたら、裏技で「学園祭の時間外なら呼んでもイイんじゃない」って。なのでぜひ。

伊島 そうだね。じゃあ見れるんだったらぜひ写真を撮らせてください。

伊島 ところで、インタビューした人に、自分がミックスジュースを作るとしたらなにを入れたいかを聞いて、それをボクが作って写真を撮りたいと思ってるんです。

紅璃 へー!それは面白いですね!ぜんぜん違うのができますよね。なにがいいかな?好きなフルーツでいいんですよね?(笑)どういう系の味にしよう?普通にバナナとかベースにしたら美味しいですよね、絶対。あとはベリー系、ちょっと酸味の強いラズベリーとか。ブルーベリーもいいな!ブルーベリーにします。バナナ、ベリー…。あんまり味がごちゃごちゃしてほしくないな。でも、自分がごっちゃごちゃに混ざってる人なので、わたしの血に例えるとすごいことになりますよね。イギリス・フランス・ネイティブアメリカン・日本・アイヌなんで…。

伊島 え?ちょっと待って、それについてはもうちょっと詳しく聞いておいたほうがいいかな(笑)もう一度聞きますね。お父さんが…

紅璃 イギリス・フランス・ネイティブアメリカン。

伊島 てことは、イギリスからアメリカに移民した人とフランスからの人がいて、さらにその人がネイティブアメリカンと?

紅璃 その途中に入っていたみたいです。何代か前ですけど(笑)

伊島 うんうん。

紅璃 母親が、確証はないんですけど親族の中での噂では、アイヌが入っているんじゃないかって。ひいおばあちゃんは青森の人で、明らかに顔が濃くて、本人が「アイヌ系だから」って言っていたらしいんです(笑)。

伊島 でもアイヌの方がよっぽど日本の原住民だからね(笑)。

紅璃 そうですよね。うちの母もけっこう顔が濃くて、よくハーフって言われたりするんですが、多分アイヌの血が入ってるからだと思います。

伊島 そう言われてみると確かにあなたも…

紅璃 九州と北海道って顔濃いじゃないですか。

伊島 縄文系ってことだね。

傍観している人たちに声をあげる力をつけさせないと

紅璃 わたし、中学の時に転校したんですけど、転校の原因がアイヌで。授業中に「アイヌ人死ね!」って言った人がいて、「アイヌ人ってもう絶滅しているんだよね〜」みたいな。それまでわたしはいじめみたいなものに泣き寝入りしていた部分があって、ここは声をあげてやろうって思って「ここにいるんですけど…」みたいなことを言って。そこから、いじめというか学校にいられない感じになっちゃって。結局そう言った人じゃなくて、わたしが転校することになっちゃったんですよね、本当ならわたしが転校するのはおかしいはずなんだけど。実はそのことが今回のインスタレーションの土台になっていて、それを視覚的に表現しているんです。

伊島 それも今っぽいというか。悪の原因を排除するんじゃなくって、されていた方が排除されたわけだ。

紅璃 問題なのは、クラスの誰も声をあげなかったんですよ。そのクラスメイトが「アイヌ人がいたら皆殺しにしてやる」って言っているのに、教師も生徒もなにも言わないし、わたしがひとりで戦っている感じ。自分が巻き込まれるのがいやだから。隣の席の人も「あかりちゃん、やめときなよ」みたいな。そこで誰かが声を上げてくれていたら、そこまで問題は悪化していなかったし、わたしも転校してなかったかもしれない。もともと中2の時に転校して入った学校で、完全に新入りの状態だったから味方がいなかったというのもあって。そこで思ったのが、差別主義者の考えは変えられないけど、傍観している人たちに声をあげる力をつけさせないといけないって。それさえあれば多分大丈夫なんですよね、社会って。なのでそれを伝えるインスタレーションです。

伊島 具体的にいうとどんな感じなの?

紅璃 部屋全体に木で骨組みを作って、赤く塗った20体くらいの人形を紐で吊るして、紐をぐちゃぐちゃに繋いで、人間関係を表すんです。それを参加型にして、紐を引っ張ると揺らせるようになっているんです。一つを揺らすと全体が揺れるんですけど、揺らすと音がなるんです。ひとりの行動が全体に革命を起こしていくっていうイメージで。それに気づいていない人が多すぎるなと。絶対あの場でだれかが「差別はいけないでしょ」って言えば「そうだそうだ」となって、ある程度はあの空気が良くなるはずだったのに、それができない人が多いし、自分が最初に声をあげるって意識のある人はいないんですよね。だれかが言えばわたしも言うし、だれかがやればわたしもやるけど、わたしが最初に出るのは絶対嫌だみたいな。それが日本人の考え方の致命的なところだと思うんです。人形ってビジュアル的に分かりやすいじゃないですか。本当はもっと抽象的にしたかったけど、高校生には分かりやすいかなと。中高一貫で、中学生、高校生が相手だから、ある程度ビジュアル的にインパクトがあってすんなり頭に入る感じにしないと、と思ったんです。ちょっと葛藤はあったんですけど、ある程度わかりやすい形で面白く作って行きたいなと思っていて。あと、会場にスピーカーで差別的なことを言われている音声を流して、その声をさらに音でかき消す感じにして音と動きと視覚的なもので表現しようと思っています

*学園祭でのインスタレーション動画。わたしは当日、取材すべく学園に向かっている車中で、その日学園内にコロナ偽陽性者が出たということから、部外者の入園はできなくなり、取材は出来なかった。

伊島 今日はありがとうございました。

紅璃 ありがとうございます。ちゃんと記事になるようなこと言えたでしょうか、わたし?(笑)

伊島 とっても面白かったですよ!

2021年3月25日、鈴木紅璃は母校にて「退学式」というパフォーマンスを行なった。

【鈴木紅璃退学式】

“教育を受ける特権

得るために髪と紙黒く染める

塗りつぶされた思考ノート

何も見えない

二度と学べない

そんな人生にするわけない”

私は、かつての同級生たちが高校二年生になるこの春、「退学式」を執り行った。

退学処分ではない。自主退学だ。

9年間の義務教育と1年間の高校生活の合計10年を学生として過ごしたが、ようやく気付いた。私は日本の教育を必要としていないし、日本の教育も私を必要としていない。

憲法で定められた「教育を受ける権利」は、現状では条件を満たした限られた人間にしか与えられない特権だ。条件とは、「標準的な日本人であること」だといえる。

原点Oからプラマイこれくらいまでが標準ですよ、その範囲外の人は自分を殺してなんとか枠に収まってくださいね。これが今の日本の教育だ。

この教育課程において、生まれながらにある程度「標準的」な者達は、大抵枠に収まっているだけで社会的に評価されることに酔い、人生にそれ以上の価値を見出すことが出来なくなる。そして彼らはいずれ次世代の教育者となる…。

一方標準の範囲外にいる人間はというと、枠に収まっているフリをしようと本来の自分を殺し、魂が抜けて形骸化するのがオチだ。

「学校に通うのは当たり前」

と人は言うが、学校に通うことが自分の人生において利益となるか、又は損失となるか自らの目で見極める必要があると考える。

「教育」を受けない方が育つ子もいるのだから。

「当たり前」を疑え。

2021年3月25日

母校にて撮影

 

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